好きを言語化する技術
自分の言葉で表現できてる
三宅香帆さん著の「好き」を言語化する技術を読んで自分の言葉で発信する事について気づきがあったので共有したいと思います。
1つ目は、不快の場合→自分の嫌な体験との共通点を探す、自分がすでに嫌いなものとの共通点を探す
懸念の場合→どこがありあるいはなのか考える
推しと自分の間、他人を介在させない。という事です。
相手でなく、自分の感情が不快、退屈を感じている。つい他責にしてしまいがちですが文章を発信する時だけでなく日常の生活でも忘れないようにしたい事です。
2つ目は、SNSで推しのことを発信するのは、他に推しがない、あるいは自分のため。他人を介在させる必要はない。
他人の言葉に自分が影響されないように。 大量に流れてくる他人の言葉の渦から自分の言葉をネガティブな感情の言語化プロセスを守る事
という事です。
同じイベントに参加した人の投稿を自分が書いて発信する前に読んでしまうと自分の感想がその人の感想の影響を受けて気づかないうちに自分の感想が上書きされている事もあるなあと思いました。投稿が終わるまで人の投稿をみない方が自分のありのままの想いが書けるなあと感じました。
3つめは無難に「気付かされました。」「感じました」と抽象的な感情表現を使っている事が多いなあと感じました。ここを掘り下げてこそ自分らしい発信になるなあと感じました。
どちらにしても最近は表現方法に困ると安易に生成AIに頼る自分がいます。
せめて自分の考えを発信する時は、自分の言葉で、自分なりの表現で発信していこうと思いました。
いいねをもらうために発信しているのでない事を忘れないようにしなければいけないですね
