優しさの形をした逃げ場
自分にあてはまると感じた事
SNSに投稿されていた文です。私はあてはまると思いました。とても大切な視点だと思う
ので、ご紹介します。
自分も問題を抱えているのに、
他人を救おうとする人がいます。
ㅤ困っている人を見ると、
放っておけない。
ㅤ悩んでいる人がいると、
自分のことを後回しにして動く。
ㅤ家の中に問題があっても、
外では人を助けようとする。
ㅤ周りから見ると、
優しい人。
貢献している人。
人のために尽くせる人。
ㅤそんなふうに見えるかもしれません。
ㅤでも、
ここで見落とされやすいことがあります。
ㅤ人を救おうとすることが、
必ずしも善意だけとは限りません。
ㅤ自分の問題に向き合うより、
人の問題を助けている方が楽なことがあります。
ㅤ自分の家庭を見るより、
外で必要とされる方が安心することがあります。
ㅤ自分の寂しさや不安を感じるより、
誰かを支える役に回る方が、
自分の価値を感じやすいことがあります。
ㅤそれは、
優しさに見える形をした、
逃げ場になっている場合があります。
聖母のように優しい人。
いつも人を助ける人。
困っている人に手を差し伸べる人。
ㅤそういう姿は、
外では評価されやすいです。
ㅤでも、
その一方で、
一番近くにいる家族が後回しにされていることがあります。
ㅤ外の人には丁寧に寄り添う。
外の人には時間を使う。
外の人には優しく声をかける。
ㅤでも、
家の中の孤独や寂しさには気づかない。
ㅤそうなると、
本人は人のために尽くしているつもりでも、
近い人ほど置き去りにされていきます。
覚えておいてほしいのは、
人を救うことと、
人から評価される役を続けることは違うということです。
ㅤ見るのは、
どれだけ多くの人を助けているかではありません。
ㅤ一番近くにいる人を、
大切にしているかです。
ㅤ外で感謝されているからといって、
近くの人が安心しているとは限りません。
ㅤ救う役に夢中になるほど、
家庭の中で待っている人の声が、
後回しになることがあります。
ㅤもし、
人には優しいのに、
家では寂しさを残す母親や身近な人が思い浮かんだら、この基準を保存して見返してくださ
い。
ㅤ人を救う姿だけではなく、
近くの人を大切にしているかを見ることです。
ㅤ同じように、
外では優しい人なのに、
近くにいる自分は大切にされなかったと感じている人がいたら、
そっとシェアしてください。
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