助けてといっていいよと言われても
誰に言える
アドボカシーや権利教育が浸透し、子どもたちは安心、自信、自由でいる権利があること。それをとられそうな時はイヤといってもいいし、にげてもいいし、誰かに相談してもいいことを学び、また大人に話をすること、聴いてもらえる体験をすることで、権利を奪われた時に誰かに相談しやくすくなると思う。とてもいい事だと感じる。
しかし、実際に相談があった時に本当にきいてくれる大人はどれだけいるのだろうか、話しを遮り、自分の意見をおしつけたり、望んでもいない解決のしかたで解決されそうになったり、被害者なのに、あなたにも悪いとこがあるといわれたり、話しをきいてくれる大人で出会う前にあきらめてしまわないだろうか
そうならないためにも、大人が人権、権利について学び直す必要があるとつくづく思う。
でも、これが難しい。常識という名のこびりついた固定観念を更新するのは、よほどの出来事がないと難しい。
でも大人が変わらないと、子どもたちはあきらめてしまうではないだろうか
どうすれば変われるのか
難しい問いですが、つきつめていくしかない